『テトリス』は1988年12月22日にファミリーコンピュータ用ソフトとしてBPSから発売されたパズルゲーム。
オリジナルはロシア発祥のゲームであり、落ち物パズルの始祖と言われている。
テトリス(Tetris)の語源はテトロミノ(Tetromino)とテニス(Tennis)を掛け合わせた造語である。
『テトリス』とは
元々は1984年にソビエト連邦の科学者たちが教育用ソフトとして開発した作品である。
その後1980年代末期から1990年代初期に掛けて、様々なゲーム制作会社にライセンス供給がなされ、各種プラットホームで発売される事となった。
シンプルなルールにも拘らず奥深いシステムは世界中で大流行した。
ファミコン版はBPSが発売し181万本を販売した。
これはファミコンソフト全1252本の中でも10位の歴代記録である。
システム
4つの正方形を組み合わせて作られた7種類のブロックピースがフィールド上方からランダムに1種類ずつ落下してくる。
プレイヤーはブロックがフィールド地面に到達する間はブロックを回転・左右への移動を自由に行うことができ、任意の場所に落とすように操作する。
横一列のラインが全てブロックで埋め尽くされると、そのラインのブロックは消滅する(同時により多いラインを消すほど高得点)。
積み重なったブロックがフィールドの最上階まで到達するとゲームオーバー。
そうならない様にブロックを消し続けていかねばならないが、プレイし続けてるうちにブロックの落下スピードがだんだん速くなってきて難易度が上がってゆく。
ファミコン版は全9ステージ。
ライン数ノルマによる面クリアの概念があり、高次面になるほどあらかじめ設置されるブロックの初期配置が不利な形となることで難易度を上げていく仕様を導入している。
落ち物パズルの始祖
パズルとは本来、完成を目指す過程で方法は問われないものであった。
そこにブロックの落下時間内に過程を考えつつ完成させると言うアクション性を導入したことにより、落ち物パズルというゲームジャンルを確立した草分け的ゲームである。
落ち物パズルというジャンルはテレビゲームと非常に相性が良く、本作以降様々な作品が発売されていく。
『Dr.マリオ』(1990年)や『ぷよぷよ』(1991年)などの名だたる名作たちも、本作『テトリス』からインスパイアを受けて生まれてきたと思うと感慨深いものがある。
最後に
ところでこのBPSより発売されたファミコン版『テトリス』は一風変わった売り上げの推移を見せた。
発売当初はベスト20にも入らない売上だったが、発売から1ヶ月ほど経ってからじわじわと売上を伸ばしていった。
とうとう発売から9ヶ月過ぎた頃に週間売上ランキング1位となりそこから半年ほど高い売上をキープするという実に奇妙な販売推移を見せた。
結果、ファミコン歴代販売本数10位という偉業を達成することになったのだ。
シンプルなシステムで誰でも遊びやすく、尚且つゲームの本質が面白いタイトルだと口コミなどでその評判が徐々に広がっていった事により、息の長い売れ方をしたのだと予想される。
筆者は本作で遊んだことは殆ど無かったと記憶している。
『テトリス』にハマったのは本作から半年後の1989年6月に発売されたゲームボーイ版『テトリス』(任天堂)であった。
ちょっとした時間潰しに携帯ゲーム機によるパズルゲームは非常に相性が良く、暇さえあれば常にプレイしていた(笑)。
ちなみにこのゲームボーイ版『テトリス』は3500万本の販売本数であり、世界でもっとも売れたゲームボーイ用ソフトとしてギネスブックにも認定されている。
今回は落ち物パズルの概念を確立した歴史的タイトル『テトリス』の紹介でした!
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